病院で
[No.6] 2005/11/08 (Tue) 23:49 [ ヒーリング ]
自分は病棟を回る薬剤師なので患者さんとのお話がおもな仕事。
小さい病院だがいろいろな人たちが入院している。
院長の方針からか生活保護の人たちは多い。
末期がんで入院してきて人工呼吸器や麻薬の注射など手を尽くしてもむこうにの世界に帰ってしまわれる人もいる。
外反母趾の手術の人は切断してつなげ直した足の骨がくっつくまで一ヶ月ほど入院している。
午後のひとときなど患者さんたちが廊下のソファに集まって
座談会をしているのをよく見る。
いっしょになって世間話をしたりするのだが(^_^)
本当に和む時間だ。
いろいろな人たちと話をさせてもらえるのは楽しい。
でもいろいろな人がいろいろな人生を送ってきてなかにはとても傷ついている人たちもいる。
もちろんそんなふうに大声で言って回っているわけではない。
その人の症状がそういっているように見えることもある。
身体の不調で表現していることもある。
西洋医学の「病気」というラベルのフィルターにかからないところで苦しんでいる人たちがいる。
自分が学んでいるヒーリングはそのようなところにこそ光を当てる生き方、そのものだ。
しかし、悲しいかな現代医療の現場では病人ではなく病気を診るのが仕事とされる。
「病気」が治れば「健康」な人なのだ。
患者が血も涙もあり何十年か生きてきた一人の人間だという
ことを本当に実感して接している医療従事者のどれだけ少ないことか。
改めて自分にも問いかけてみる。
投薬された薬の先にいるのは、カルテの先にいるのはどんな人か感じているか?
その患者と自分はどう接しているか?
自分と同じ一人の人間であると実感しているか?
今の医療の現場に狭義のハンズオンヒーリングという形だけでなく
「癒し」というものを根付かせていきたい。
当たり前すぎて誰も考えなくなったのか?本来医療の現場は病気ではなく人が癒される場所であるべきだろう。
使い古された陳腐な言葉とも思えるが、心を込めた関係の中で自分の役割を果たしたい。
現場での状況を見るにつけ、成し遂げたい自分の夢のひとつだ。
小さい病院だがいろいろな人たちが入院している。
院長の方針からか生活保護の人たちは多い。
末期がんで入院してきて人工呼吸器や麻薬の注射など手を尽くしてもむこうにの世界に帰ってしまわれる人もいる。
外反母趾の手術の人は切断してつなげ直した足の骨がくっつくまで一ヶ月ほど入院している。
午後のひとときなど患者さんたちが廊下のソファに集まって
座談会をしているのをよく見る。
いっしょになって世間話をしたりするのだが(^_^)
本当に和む時間だ。
いろいろな人たちと話をさせてもらえるのは楽しい。
でもいろいろな人がいろいろな人生を送ってきてなかにはとても傷ついている人たちもいる。
もちろんそんなふうに大声で言って回っているわけではない。
その人の症状がそういっているように見えることもある。
身体の不調で表現していることもある。
西洋医学の「病気」というラベルのフィルターにかからないところで苦しんでいる人たちがいる。
自分が学んでいるヒーリングはそのようなところにこそ光を当てる生き方、そのものだ。
しかし、悲しいかな現代医療の現場では病人ではなく病気を診るのが仕事とされる。
「病気」が治れば「健康」な人なのだ。
患者が血も涙もあり何十年か生きてきた一人の人間だという
ことを本当に実感して接している医療従事者のどれだけ少ないことか。
改めて自分にも問いかけてみる。
投薬された薬の先にいるのは、カルテの先にいるのはどんな人か感じているか?
その患者と自分はどう接しているか?
自分と同じ一人の人間であると実感しているか?
今の医療の現場に狭義のハンズオンヒーリングという形だけでなく
「癒し」というものを根付かせていきたい。
当たり前すぎて誰も考えなくなったのか?本来医療の現場は病気ではなく人が癒される場所であるべきだろう。
使い古された陳腐な言葉とも思えるが、心を込めた関係の中で自分の役割を果たしたい。
現場での状況を見るにつけ、成し遂げたい自分の夢のひとつだ。
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